市バス誕生以前から、民営「大阪乗合自動車株式会社」通称青バスが堺筋、四つ橋筋、上本町筋などの市内の幹線道路をほぼ押さえていた。民間に遅れること2年半、市電の補助的存在として誕生したのが公営「大阪市営バス」である。
※月日の〇は不明であることを示す
12月1日:市会で「乗合自動車経営の件」が可決。
(1927)昭和2年
2月24日:もと梅田電車車庫を自動車車庫及び修理工場に用途変更。
2月26日: 關一第7代大阪市長指導のもと大阪市営バスが誕生。あべの橋~平野(現在のJR平野駅筋)間4.8km、18人乗りのウズレー7台から始まった。1区6銭である。
民営バス「大阪乗合自動車株式会社(青バス)」から遅れること2年半、開業早々、民営バスと公営バスとの競合が始まった。
※ルートは過去に存在した9号系統あべの橋~(現在でいう25号線経由)~JR平野駅筋~出戸BTと同等。
梅田~上本町六丁目間で阪急、阪神、大軌3線連絡運輸開始。
11月1日:燈油バス運転開始。
(1939)昭和14年
5月〇日:燈油バス廃止。性能が非常に悪く登場から半年ほどで姿を消した。
10月〇日:薪炭バス運転開始。
4月〇日:バス潤滑油(ひま油)確保のため臨時ひま栽培事務所を設置。
(1958)昭和33年
4月1日:東住吉営業所開設。
(1959)昭和34年
4月21日:九条営業所開設。
(1960)昭和35年
4月20日: 初の市外乗り入れ路線である豊中線[111]あべの橋~豊中を新設。1973年、1974年の2度にわたる減便、のちに大阪駅前発着に路線短縮され、1977年4月10日廃止された。
8月1日:地下鉄4号線建設工事のため大阪市電築港~港車庫前が休止。それに伴い同区間で市電代替バスが一定期間運行された。バス車体は一般路線塗装ではなく市電お馴染みの小豆とベージュのツートンカラーであった。
(1961)昭和36年
4月1日:中津営業所開設。
(1962)昭和37年
10月11日:長居営業所開設。
(1963)昭和38年
4月6日:ワンツーマンカーの運行開始。ワンマン車が赤帯だったのに対しワンツーマン車は青帯を纏った。
9月15日:住之江営業所開設。
(1964)昭和39年
4月1日:井高野営業所新設。
6月1日:定期観光バスに冷房車が登場。
12月27日:ワンマンカーに区間整理票発行機設置、黎明期から続いてきた前乗り先払いから後乗り後払いに変更開始。
※整理票とは他事業者でいう整理券のこと。大阪市営バス独特の用語である。
(1965)昭和40年
1月16日:市バス1区20円、トロバス普通券20円に料金改定。
10月2日:地下鉄開通により計3系統が廃止。
(1966)昭和41年
2月21日:朝夕ラッシュ時に急行運転開始。
2月25日:長吉営業所開設。
4月17日:市バス・トロバス1区25円に料金改定。
5月7日:ワンマンカーに料金収納機、回数券自動販売機の取り付け開始。
(1967)昭和42年
2月6日:全車両に料金収納機取り付け完了。それに伴い車内での普通券発売終了。
4月20日:古市営業所開設。
9月20日:ワンマンカー全車で後乗り後払い制実施。均一運賃となった現在もこの乗車方法が継続されている。
9月29日:梅田営業所廃止。
9月30日:鶴町営業所開設。
11月1日:市バス・トロバス1区30円に料金改定。
12月11日:十三南~大国町交差点間、あべの橋北詰~大阪鉄道病院交差点間の二か所に路線バス優先通行帯を初めて設定。
(1968)昭和43年
5月1日:バス車掌による乗車券発売業務廃止。
11月23日:トロリーバスでもワンマンカー運転開始。
(1969)昭和44年
10月1日:春日出営業所開設。廃止となった市電車庫を転用したバス営業所である。
12月15日:財政再建計画に基づく「第一次系統再編成」実施。
(1970)昭和45年
1月11日:主要幹線一方通行実施による系統再編成実施。バス優先通行帯を4か所新設。
4月1日:「第二次系統再編成」実施。
6月15日: トロリーバス全廃。廃止路線はバス路線に置き換えられた。
6月10日:バス優先信号機を地下鉄中津南~毛馬町一丁目間に設置。
(1978)昭和53年
6月1日:均一料金100円に改定。
10月1日:均一料金110円に改定。この年二度目の料金改定となる。
(1979)昭和54年
3月1日:この日から車椅子利用者のバス乗車が認められるようになった。乗車可能なバスには車椅子マークステッカーを提出。
7月22日:バス・地下鉄連絡普通券発売開始。バス路線再編成も行われる。
11月26日:テレホンサービスセンター開設。
(1980)昭和55年
5月14日:視覚障害者を対象とした点字ガイドブックを発行。
(1981)昭和56年
2月1日:均一料金130円に改定。
3月3日:歌島橋バスターミナル開設。
4月13日:上本町六丁目~住吉車庫前間(6.2km)にバスロケーションシステムを導入。
12月5日:北巽バスターミナル開設。12月2日に延伸開業した千日前線北巽駅と一体接続。
(2000)平成12年
5月20日: 小型ノンステップバスの試験運行開始。前のり先払いで一部乗車券使用不可。都市新バス「グリーンエース(Ⅰ&Ⅱ)」は一般路線に統合され消滅。
(2018)平成30年
2月13日:中津営業所酉島支所の廃止。元の中津営業所(〇に中)に統合される。
【参考資料・書籍】
ポルト出版バスラマ大阪市営バスの本1997年出版
大阪人 トロリーバス特集
おおさかのあし各種
頒布パンフレット各種
※月日の〇は不明であることを示す
市バス誕生
(1926)昭和元年12月1日:市会で「乗合自動車経営の件」が可決。
(1927)昭和2年
2月24日:もと梅田電車車庫を自動車車庫及び修理工場に用途変更。
2月26日: 關一第7代大阪市長指導のもと大阪市営バスが誕生。あべの橋~平野(現在のJR平野駅筋)間4.8km、18人乗りのウズレー7台から始まった。1区6銭である。
民営バス「大阪乗合自動車株式会社(青バス)」から遅れること2年半、開業早々、民営バスと公営バスとの競合が始まった。
※ルートは過去に存在した9号系統あべの橋~(現在でいう25号線経由)~JR平野駅筋~出戸BTと同等。
(1928)昭和3年
大阪電気軌道(大軌)、国鉄との連絡運輸を開始。翌年には阪急、阪神とも開始。
(1929)昭和4年大阪電気軌道(大軌)、国鉄との連絡運輸を開始。翌年には阪急、阪神とも開始。
梅田~上本町六丁目間で阪急、阪神、大軌3線連絡運輸開始。
(1936)昭和11年
6月1日: 市営観光バス開始(1940年9月30日に一旦休止)。
6月1日: 市営観光バス開始(1940年9月30日に一旦休止)。
(1937)昭和12年
8月1日:電気バスの運行開始。天六、梅田南、天王寺の3カ所に蓄電池を充填する充電所が作られた。ガソリン車と比べて速度や牽引力は劣るものの、他の代燃車と比較しても性能が良かったため、昭和26年7月1日まで活躍した。
8月1日:電気バスの運行開始。天六、梅田南、天王寺の3カ所に蓄電池を充填する充電所が作られた。ガソリン車と比べて速度や牽引力は劣るものの、他の代燃車と比較しても性能が良かったため、昭和26年7月1日まで活躍した。
(1938)昭和13年
4月22日:寺田町~平野間で木炭バスの運行開始。始動が難しく接続機や変速機の故障も多発した。
5月1日:ガソリン消費規制。申請量の3割が削減され、8月には7割まで強化された。6号系統が廃止、18号系統が経路変更、休止路線は33.76キロに達した。4月22日:寺田町~平野間で木炭バスの運行開始。始動が難しく接続機や変速機の故障も多発した。
11月1日:燈油バス運転開始。
(1939)昭和14年
5月〇日:燈油バス廃止。性能が非常に悪く登場から半年ほどで姿を消した。
10月〇日:薪炭バス運転開始。
(1940)昭和15年
2月1日:朝ラッシュ時の急行車運転開始。
6月1日: 競合相手であった民営バス「大阪乗合自動車(青バス)」事業を統合公営化。市電と並行区間では急行運転を実施し、コーライトバスの運行開始。
2月1日:朝ラッシュ時の急行車運転開始。
6月1日: 競合相手であった民営バス「大阪乗合自動車(青バス)」事業を統合公営化。市電と並行区間では急行運転を実施し、コーライトバスの運行開始。
9月16日:石炭バス運行開始。
9月30日:情勢悪化により市営観光バス休止。
12月11日:東野田~蒲生四丁目間で大軌(現在の近鉄)との相互乗り入れ開始。
9月30日:情勢悪化により市営観光バス休止。
12月11日:東野田~蒲生四丁目間で大軌(現在の近鉄)との相互乗り入れ開始。
(1941)昭和16年
9月1日:戦時統制によりすべてのガソリン車が営業休止。電気や、薪炭、石炭などの代燃車オンリーとなる。
(1943)昭和18年9月1日:戦時統制によりすべてのガソリン車が営業休止。電気や、薪炭、石炭などの代燃車オンリーとなる。
4月〇日:バス潤滑油(ひま油)確保のため臨時ひま栽培事務所を設置。
戦後拡大する路線網
(1945)昭和20年
1月16日:田辺営業所廃止。
3月14日:大阪大空襲により市内が壊滅状態になり23路線59.2キロ休止。
4月30日:市岡営業所廃止。
6月1日:さらに11路線27.4キロが営業休止。わずかな営業路線を貧弱な代燃車でしのぐ日々は終戦まで続く。
7月1日:天王寺営業所を旧田辺車庫に移転し田辺営業所(二代目)へ改称。
8月15日:太平洋戦争終戦。終戦直後の市バス営業路線はわずか30キロ、稼働可能な車両はたった35台であった。
9月11日: 大阪市電気局から現在の交通局に名称変更。
(1946)昭和21年
月日不明:不足する車両を補うため新車23台購入。
3月1日:料金を1区30銭に改定。戦後しばらくは値上げが続く。
3月6日:今里、住吉、梅田の3営業所となる。自動車要員養成所を廃止。
6月1日:電気バス拡充のため住吉営業所阿倍野出張所開設。
6月15日:岡山県真庭郡川上村に燃料用の製炭事務所開設。
(1947)昭和22年
3月1日:料金を1区50銭に改定。
5月27日:GMC改造バスの運行開始。米軍GMCトラック200台大量払い下げを受け、バスボディ架装した車である。払い下げ車両にはガソリンやタイヤ配給の裏付けがあった。
7月20日:この年再び料金が改定され1円50銭となる。
7月25日:守口営業所開設。
11月28日:この年3度目の料金改定が行われ2円となる。
12月4日:布施営業所、田辺営業所(三代目)開設。
(1948)昭和23年
2月1日:第一次郊外バス市内乗り入れ開始。南海、阪急、近鉄バスの市内乗入開始。
5月22日:料金が3円50銭に改定。
7月22日:トレーラーバス運行開始。トレーラートラックベースで全長10.5メートル定員91人で戦前のバスは40人未満だったことを考えるとかなりのジャンボサイズである。大量輸送を必要とする堺筋や御堂筋路線に投入され、復興のシンボル的存在であった。トレーラーバス運行開始に伴い木津営業所開設。
7月13日:トレーラーバスを用いた急行車(急行バス)の運行開始。
8月1日:5月に改定された3円50銭から6円に値上げ。
11月16日:電気バスを阿倍野出張所、トレーラーバスを梅田営業所にそれぞれ集結。
12月1日:GHQの指令により2人1車制を実施。
12月25日:現在主流となったディーゼルバス運行開始。
(1949)昭和24年
4月1日:岡山県の製炭事務所廃止。
6月1日:料金改定により一区10円になる。
1月16日:田辺営業所廃止。
3月14日:大阪大空襲により市内が壊滅状態になり23路線59.2キロ休止。
4月30日:市岡営業所廃止。
6月1日:さらに11路線27.4キロが営業休止。わずかな営業路線を貧弱な代燃車でしのぐ日々は終戦まで続く。
7月1日:天王寺営業所を旧田辺車庫に移転し田辺営業所(二代目)へ改称。
8月15日:太平洋戦争終戦。終戦直後の市バス営業路線はわずか30キロ、稼働可能な車両はたった35台であった。
9月11日: 大阪市電気局から現在の交通局に名称変更。
(1946)昭和21年
月日不明:不足する車両を補うため新車23台購入。
3月1日:料金を1区30銭に改定。戦後しばらくは値上げが続く。
3月6日:今里、住吉、梅田の3営業所となる。自動車要員養成所を廃止。
6月1日:電気バス拡充のため住吉営業所阿倍野出張所開設。
6月15日:岡山県真庭郡川上村に燃料用の製炭事務所開設。
(1947)昭和22年
3月1日:料金を1区50銭に改定。
5月27日:GMC改造バスの運行開始。米軍GMCトラック200台大量払い下げを受け、バスボディ架装した車である。払い下げ車両にはガソリンやタイヤ配給の裏付けがあった。
7月20日:この年再び料金が改定され1円50銭となる。
7月25日:守口営業所開設。
11月28日:この年3度目の料金改定が行われ2円となる。
12月4日:布施営業所、田辺営業所(三代目)開設。
(1948)昭和23年
2月1日:第一次郊外バス市内乗り入れ開始。南海、阪急、近鉄バスの市内乗入開始。
5月22日:料金が3円50銭に改定。
7月22日:トレーラーバス運行開始。トレーラートラックベースで全長10.5メートル定員91人で戦前のバスは40人未満だったことを考えるとかなりのジャンボサイズである。大量輸送を必要とする堺筋や御堂筋路線に投入され、復興のシンボル的存在であった。トレーラーバス運行開始に伴い木津営業所開設。
7月13日:トレーラーバスを用いた急行車(急行バス)の運行開始。
8月1日:5月に改定された3円50銭から6円に値上げ。
11月16日:電気バスを阿倍野出張所、トレーラーバスを梅田営業所にそれぞれ集結。
12月1日:GHQの指令により2人1車制を実施。
12月25日:現在主流となったディーゼルバス運行開始。
(1949)昭和24年
4月1日:岡山県の製炭事務所廃止。
6月1日:料金改定により一区10円になる。
(1950)昭和25年
4月1日: 情勢悪化により休止されていた定期観光バスの運行再開。女性観光案内人を採用。
4月1日: 情勢悪化により休止されていた定期観光バスの運行再開。女性観光案内人を採用。
(1951)昭和26年
6月1日: 日本初のワンマンバス運行開始。運行区間はあべの橋~今里など、前乗り先払い式で最初期は女性車掌が乗務できない夜間帯を中心に運行された、
6月1日: 日本初のワンマンバス運行開始。運行区間はあべの橋~今里など、前乗り先払い式で最初期は女性車掌が乗務できない夜間帯を中心に運行された、
7月1日:ガソリン代替車として活躍した木炭バス、電気バス全廃。ガソリン、ディーゼル車の2種類となる。
7月25日:野里から森ノ宮に車両工場移転。
10月1日:大阪駅北、梅田、上本町六の計3操車場を新設。
(1952)昭和27年
12月20日:森ノ宮営業所開設。田辺営業所(三代目)を廃止。
12月25日:一区25円に料金改定
7月25日:野里から森ノ宮に車両工場移転。
10月1日:大阪駅北、梅田、上本町六の計3操車場を新設。
(1952)昭和27年
12月20日:森ノ宮営業所開設。田辺営業所(三代目)を廃止。
12月25日:一区25円に料金改定
(1953)昭和28年
4月1日:一律料金であった市バスに小児券登場。通勤定期券は甲・乙・丙の3区分に分けられる。
9月1日: トロリーバスの運行開始。
(1954)昭和29年
(1955)昭和30年
(1956)昭和31年
(1957)昭和32年
4月3日:新市域(瓜破、安田、川辺エリア)へ路線延長。
9月1日:生野営業所新設。同日廃止となった布施営業所と同時にガソリン車全廃。
4月1日:一律料金であった市バスに小児券登場。通勤定期券は甲・乙・丙の3区分に分けられる。
9月1日: トロリーバスの運行開始。
(1954)昭和29年
(1955)昭和30年
(1956)昭和31年
(1957)昭和32年
4月3日:新市域(瓜破、安田、川辺エリア)へ路線延長。
9月1日:生野営業所新設。同日廃止となった布施営業所と同時にガソリン車全廃。
(1958)昭和33年
4月1日:東住吉営業所開設。
(1959)昭和34年
4月21日:九条営業所開設。
(1960)昭和35年
4月20日: 初の市外乗り入れ路線である豊中線[111]あべの橋~豊中を新設。1973年、1974年の2度にわたる減便、のちに大阪駅前発着に路線短縮され、1977年4月10日廃止された。
8月1日:地下鉄4号線建設工事のため大阪市電築港~港車庫前が休止。それに伴い同区間で市電代替バスが一定期間運行された。バス車体は一般路線塗装ではなく市電お馴染みの小豆とベージュのツートンカラーであった。
(1961)昭和36年
4月1日:中津営業所開設。
(1962)昭和37年
10月11日:長居営業所開設。
(1963)昭和38年
4月6日:ワンツーマンカーの運行開始。ワンマン車が赤帯だったのに対しワンツーマン車は青帯を纏った。
9月15日:住之江営業所開設。
(1964)昭和39年
4月1日:井高野営業所新設。
6月1日:定期観光バスに冷房車が登場。
12月27日:ワンマンカーに区間整理票発行機設置、黎明期から続いてきた前乗り先払いから後乗り後払いに変更開始。
※整理票とは他事業者でいう整理券のこと。大阪市営バス独特の用語である。
高度経済成長期
(1965)昭和40年1月16日:市バス1区20円、トロバス普通券20円に料金改定。
10月2日:地下鉄開通により計3系統が廃止。
(1966)昭和41年
2月21日:朝夕ラッシュ時に急行運転開始。
2月25日:長吉営業所開設。
4月17日:市バス・トロバス1区25円に料金改定。
5月7日:ワンマンカーに料金収納機、回数券自動販売機の取り付け開始。
(1967)昭和42年
2月6日:全車両に料金収納機取り付け完了。それに伴い車内での普通券発売終了。
4月20日:古市営業所開設。
9月20日:ワンマンカー全車で後乗り後払い制実施。均一運賃となった現在もこの乗車方法が継続されている。
9月29日:梅田営業所廃止。
9月30日:鶴町営業所開設。
11月1日:市バス・トロバス1区30円に料金改定。
12月11日:十三南~大国町交差点間、あべの橋北詰~大阪鉄道病院交差点間の二か所に路線バス優先通行帯を初めて設定。
(1968)昭和43年
5月1日:バス車掌による乗車券発売業務廃止。
11月23日:トロリーバスでもワンマンカー運転開始。
(1969)昭和44年
10月1日:春日出営業所開設。廃止となった市電車庫を転用したバス営業所である。
12月15日:財政再建計画に基づく「第一次系統再編成」実施。
(1970)昭和45年
1月11日:主要幹線一方通行実施による系統再編成実施。バス優先通行帯を4か所新設。
4月1日:「第二次系統再編成」実施。
6月15日: トロリーバス全廃。廃止路線はバス路線に置き換えられた。
(1971)昭和46年
広告入りの車内放送テープ使用開始。よく聴くバス放送広告の原点である。
8月10日: 全車のワンマンカー化完了。
12月1日:バス専用レーンを設置。
広告入りの車内放送テープ使用開始。よく聴くバス放送広告の原点である。
8月10日: 全車のワンマンカー化完了。
12月1日:バス専用レーンを設置。
(1972)昭和47年
2月1日:東成営業所開設。
4月1日:いすゞBU改造の電気バス「あおぞら号」運転開始。九条、春日出営業所に1両ずつ計2台が導入された。
11月1日:市内均一になり全区40円に改定。
11月10日:「あおぞら号」を参考に新デザイン塗装が誕生。ベースカラーはアイボリーと黄緑、側面三角模様が特徴的で従来塗装のゼブラ車も順次この塗装に更新された。
12月7日:区内巡回バス新設。
(1973)昭和48年
4月1日:バス車内に「善意の席」を設置。現在の優先座席のパイオニア的存在である。同日均一料金50円に改定。
2月1日:東成営業所開設。
4月1日:いすゞBU改造の電気バス「あおぞら号」運転開始。九条、春日出営業所に1両ずつ計2台が導入された。
11月1日:市内均一になり全区40円に改定。
11月10日:「あおぞら号」を参考に新デザイン塗装が誕生。ベースカラーはアイボリーと黄緑、側面三角模様が特徴的で従来塗装のゼブラ車も順次この塗装に更新された。
12月7日:区内巡回バス新設。
(1973)昭和48年
4月1日:バス車内に「善意の席」を設置。現在の優先座席のパイオニア的存在である。同日均一料金50円に改定。
(1974)昭和49年
11月28日: 全国初のゾーンバスシステムを東住吉・平野区域に導入。出戸にミニバスターミナルを設け、幹線⇔支線乗り換え地点として機能、ミニバスターミナルはのちに全域に拡大。
(1975)昭和50年
10月1日:均一料金70円に改定。
(1976)昭和51年
4月1日:均一料金90円に改定。
9月14日:涼風バス(冷房車)の運転開始。
(1977)昭和52年11月28日: 全国初のゾーンバスシステムを東住吉・平野区域に導入。出戸にミニバスターミナルを設け、幹線⇔支線乗り換え地点として機能、ミニバスターミナルはのちに全域に拡大。
(1975)昭和50年
10月1日:均一料金70円に改定。
(1976)昭和51年
4月1日:均一料金90円に改定。
9月14日:涼風バス(冷房車)の運転開始。
6月10日:バス優先信号機を地下鉄中津南~毛馬町一丁目間に設置。
(1978)昭和53年
6月1日:均一料金100円に改定。
10月1日:均一料金110円に改定。この年二度目の料金改定となる。
(1979)昭和54年
3月1日:この日から車椅子利用者のバス乗車が認められるようになった。乗車可能なバスには車椅子マークステッカーを提出。
7月22日:バス・地下鉄連絡普通券発売開始。バス路線再編成も行われる。
11月26日:テレホンサービスセンター開設。
より良いバスに
(1980)昭和55年5月14日:視覚障害者を対象とした点字ガイドブックを発行。
(1981)昭和56年
2月1日:均一料金130円に改定。
3月3日:歌島橋バスターミナル開設。
4月13日:上本町六丁目~住吉車庫前間(6.2km)にバスロケーションシステムを導入。
12月5日:北巽バスターミナル開設。12月2日に延伸開業した千日前線北巽駅と一体接続。
(1982)昭和57年
1月8日:均一料金140円に改定。
3月31日: 電気バス「あおぞら号」引退。
4月1日:南港バスターミナル開設。
12月13日:「今後のバス事業のあり方について」大阪市公営事業審議会が答申。
1月8日:均一料金140円に改定。
3月31日: 電気バス「あおぞら号」引退。
4月1日:南港バスターミナル開設。
12月13日:「今後のバス事業のあり方について」大阪市公営事業審議会が答申。
(1983)昭和58年
5月8日:大阪駅前バスターミナル開設。
12月18日: 定期観光バスに2階建てバス「にじ」号登場。従来車は予備車として九条営業所に配置された。
(1984)昭和59年
2月3日:野田阪神前バスターミナル完成。旧阪神バス北大阪線、野田甲子園線との共用開始。
4月8日:弁天町バスターミナル開設。中央線弁天町駅と直結しておりスムーズに乗り継ぎが可能。
7月4日:均一料金150円に改定。バス・地下鉄・ニュートラム共通「1日乗車券」の発売開始。
(1985)昭和60年
2月1日:均一料金160円に改定。
5月8日:大阪駅前バスターミナル開設。
12月18日: 定期観光バスに2階建てバス「にじ」号登場。従来車は予備車として九条営業所に配置された。
(1984)昭和59年
2月3日:野田阪神前バスターミナル完成。旧阪神バス北大阪線、野田甲子園線との共用開始。
4月8日:弁天町バスターミナル開設。中央線弁天町駅と直結しておりスムーズに乗り継ぎが可能。
7月4日:均一料金150円に改定。バス・地下鉄・ニュートラム共通「1日乗車券」の発売開始。
(1985)昭和60年
2月1日:均一料金160円に改定。
(1986)昭和61年
4月1日: 守口車庫前~今里~杭全間(11.4km)で杭全都市新バスシステム「グリーンエース(Ⅰ)」を開始。バスシェルターやバスロケーションシステムが整備された。
6月25日:全車冷房化達成。
(1987)昭和62年
9月1日:なんばバスターミナル完成。バスターミナル内に市営交通案内所設置。
(1989)昭和64~平成元年
2月1日:出戸バスターミナルと地下鉄出戸駅に乗り継ぎ案内システム開始。
○月○日:バスロケーションシステム拡充。主に平野、住之江、中央区エリアの路線に導入された。
(1990)平成2年
2月1日:バス・地下鉄1区回数券相互利用開始。
5月16日:花バスが5月20日まで運行された。
4月1日: 守口車庫前~今里~杭全間(11.4km)で杭全都市新バスシステム「グリーンエース(Ⅰ)」を開始。バスシェルターやバスロケーションシステムが整備された。
6月25日:全車冷房化達成。
(1987)昭和62年
9月1日:なんばバスターミナル完成。バスターミナル内に市営交通案内所設置。
(1988)昭和63年
4月27日:地下鉄桜川~鶴町四丁目間で大正都市新バスシステム「グリーンエースⅡ」運行開始。
6月20日:大阪市交通局、大阪交通労働組合の共同出資で「大阪運輸振興株式会社」設立。大阪シティバスの前身である。旧所在地は現在の京セラドーム大阪にあった。
○月○日:花の万博開催に向けてバス停のローマ字表記追加(主に非電照金属タイプ)。翌年度も引き続き実施され、市内のほぼ全ての箇所が併記表記のバス停になった。
4月27日:地下鉄桜川~鶴町四丁目間で大正都市新バスシステム「グリーンエースⅡ」運行開始。
6月20日:大阪市交通局、大阪交通労働組合の共同出資で「大阪運輸振興株式会社」設立。大阪シティバスの前身である。旧所在地は現在の京セラドーム大阪にあった。
○月○日:花の万博開催に向けてバス停のローマ字表記追加(主に非電照金属タイプ)。翌年度も引き続き実施され、市内のほぼ全ての箇所が併記表記のバス停になった。
(1989)昭和64~平成元年
2月1日:出戸バスターミナルと地下鉄出戸駅に乗り継ぎ案内システム開始。
○月○日:バスロケーションシステム拡充。主に平野、住之江、中央区エリアの路線に導入された。
(1990)平成2年
2月1日:バス・地下鉄1区回数券相互利用開始。
5月16日:花バスが5月20日まで運行された。
(1991)平成3年
6月10日:バス停留所クリア作戦開始。
11月14日: リフト付バスの運転を開始。リフト車は時刻表に記載があり基本固定運用だった。
12月20日:電気式ハイブリットバス「HIMR」運行開始。
(1992)平成4年
(1993)平成5年
4月15日:井高野停留所バスプラザ設置。
7月3日:均一料金180円に改定
7月21日:市営交通90周年記念バス運行開始。
(1994)平成6年
2月1日:蓄圧式ハイブリットバス「MBECS」の運行開始。
4月〇日:全国で初めて「公共車両優先システム」の一つ「バス専用レーンから他車線への一般車両の誘導装置」を城北公園通り大宮小学校前付近に導入。のちに長柄東、中川六丁目交差点などにも設置。
4月11日:ワンステップバスの運行開始。鶴町営業所いすゞ2台、東成営業所日野1台、九条営業所ふそう1台の計4両導入。基本は固定運用であった。
(1995)平成7年
2月1日:天然ガスバス(CNG)の運行開始。
6月29日:市営交通シンボルマーク、キャッチフレーズ制定。
7月20日:ジンベイザメなどが描かれた海遊館ペイントバス運行開始。
6月10日:バス停留所クリア作戦開始。
11月14日: リフト付バスの運転を開始。リフト車は時刻表に記載があり基本固定運用だった。
12月20日:電気式ハイブリットバス「HIMR」運行開始。
(1992)平成4年
(1993)平成5年
4月15日:井高野停留所バスプラザ設置。
7月3日:均一料金180円に改定
7月21日:市営交通90周年記念バス運行開始。
(1994)平成6年
2月1日:蓄圧式ハイブリットバス「MBECS」の運行開始。
4月〇日:全国で初めて「公共車両優先システム」の一つ「バス専用レーンから他車線への一般車両の誘導装置」を城北公園通り大宮小学校前付近に導入。のちに長柄東、中川六丁目交差点などにも設置。
4月11日:ワンステップバスの運行開始。鶴町営業所いすゞ2台、東成営業所日野1台、九条営業所ふそう1台の計4両導入。基本は固定運用であった。
(1995)平成7年
2月1日:天然ガスバス(CNG)の運行開始。
6月29日:市営交通シンボルマーク、キャッチフレーズ制定。
7月20日:ジンベイザメなどが描かれた海遊館ペイントバス運行開始。
(1996)平成8年
3月20日:一般路線バスでのスルッとKANSAIの取り扱い開始。
3月23日:関西空港交通、近鉄バスとの共同運行によるリムジンバス運行開始。担当は住之江営業所で、OCATから関西空港を結んだ。
4月24日:大阪オリンピック誘致ペイントバス運行開始。
3月20日:一般路線バスでのスルッとKANSAIの取り扱い開始。
3月23日:関西空港交通、近鉄バスとの共同運行によるリムジンバス運行開始。担当は住之江営業所で、OCATから関西空港を結んだ。
4月24日:大阪オリンピック誘致ペイントバス運行開始。
(1997)平成9年
2月26日:大阪市営バス70周年
3月17日:ノンステップバスの運転を開始。運行区間はこれまでツーステップオンリーだった[幹97]大阪駅前北口~神崎橋、[臨97]大阪駅前北口~加島駅。リフト付きバスやワンステップバス同様基本固定運用。
(1998)平成10年
2月26日:大阪市営バス70周年
3月17日:ノンステップバスの運転を開始。運行区間はこれまでツーステップオンリーだった[幹97]大阪駅前北口~神崎橋、[臨97]大阪駅前北口~加島駅。リフト付きバスやワンステップバス同様基本固定運用。
(1998)平成10年
(1999)平成11年
3月31日:利用者低迷によりリムジンバス事業撤退。余剰となった車両は貸切観光バス事業者などに譲渡。
3月31日:利用者低迷によりリムジンバス事業撤退。余剰となった車両は貸切観光バス事業者などに譲渡。
21世紀へ突入…合理化と縮小の時代
(2000)平成12年
5月20日: 小型ノンステップバスの試験運行開始。前のり先払いで一部乗車券使用不可。都市新バス「グリーンエース(Ⅰ&Ⅱ)」は一般路線に統合され消滅。
(2002)平成14年
1月27日: 一般公募によって小型ノンステップバスの愛称が「赤バス」に決定、本格的な運行が始まる。同時に新乗継システムが導入されて幹線・支線の区分け(ゾーンバスシステム)完全廃止。
4月1日:USJ直行バスの運行業務が大阪運輸振興株式会社に移管される。同時に古市営業所、住之江営業所の業務委託開始。
(2003)平成15年
(2004)平成16年
(2005)平成17年
4月1日:大阪運輸振興株式会社が長吉営業所の業務委託開始。
1月27日: 一般公募によって小型ノンステップバスの愛称が「赤バス」に決定、本格的な運行が始まる。同時に新乗継システムが導入されて幹線・支線の区分け(ゾーンバスシステム)完全廃止。
4月1日:USJ直行バスの運行業務が大阪運輸振興株式会社に移管される。同時に古市営業所、住之江営業所の業務委託開始。
(2003)平成15年
(2004)平成16年
(2005)平成17年
4月1日:大阪運輸振興株式会社が長吉営業所の業務委託開始。
(2006)平成18年
2月1日: PiTaPa、ICOCAのICカード導入。
4月1日:大阪運輸振興株式会社が酉島営業所の業務委託開始。大交労組の保有株式を交通局が買いあげ、実質100%子会社化。
2月1日: PiTaPa、ICOCAのICカード導入。
4月1日:大阪運輸振興株式会社が酉島営業所の業務委託開始。大交労組の保有株式を交通局が買いあげ、実質100%子会社化。
(2007)平成19年
4月1日: 南海バスが井高野営業所の委託開始。交通局の外郭団体、交通サービスの保有していた自動車整備部門を大阪運輸振興株式会社が譲り受け、駅業務受託部門を交通サービスに譲渡。
4月1日: 南海バスが井高野営業所の委託開始。交通局の外郭団体、交通サービスの保有していた自動車整備部門を大阪運輸振興株式会社が譲り受け、駅業務受託部門を交通サービスに譲渡。
(2008)平成20年
3月31日: 定期観光バス「にじ号」ラストラン。長きに渡る定期観光バスの歴史に幕を閉じた。
(2009)平成21年
9月28日:大阪市議会決算特別委員会にて2010年3月末で古市営業所の廃止決定。
3月31日: 定期観光バス「にじ号」ラストラン。長きに渡る定期観光バスの歴史に幕を閉じた。
(2009)平成21年
9月28日:大阪市議会決算特別委員会にて2010年3月末で古市営業所の廃止決定。
(2010)平成22年
3月28日: 古市営業所が廃止。廃止に伴い、代替として大阪運輸振興株式会社は鶴町営業所の業務委託を開始。
(2011)平成23年
3月11日:東日本大震災が発生。職員の独断により迅速な支援物資輸送が行われた。また廃車となっていた余剰車は岩手県北自動車や仙台市交通局に無償譲渡。
3月28日: 古市営業所が廃止。廃止に伴い、代替として大阪運輸振興株式会社は鶴町営業所の業務委託を開始。
(2011)平成23年
3月11日:東日本大震災が発生。職員の独断により迅速な支援物資輸送が行われた。また廃車となっていた余剰車は岩手県北自動車や仙台市交通局に無償譲渡。
(2012)平成24年
4月1日: 一般路線バス全車ノンステップバス統一。赤バスに初の国産小型バス日野「ポンチョ」を導入。将来的に一般路線へ転用することを想定していたため、赤一色ではなく一般路線の色違い。
4月1日: 一般路線バス全車ノンステップバス統一。赤バスに初の国産小型バス日野「ポンチョ」を導入。将来的に一般路線へ転用することを想定していたため、赤一色ではなく一般路線の色違い。
(2013)平成25年
3月23日:IC乗車カード全国相互利用開始。「Kitaca」「PASMO」「Suica」「manaca」「TOICA」「nimoca、はやかけん」「SUGOCA」が利用可能になる。
3月31日:港、長吉営業所、横堤バスターミナル廃止。赤バスもこの日をもって運行終了。昨年導入した「ポンチョ」は予定通り一般路線バスに転用、これでも余剰車が発生し、西東京バス、大井川鐵道、地方のコミュニティバスなどに譲渡された。
4月1日:長吉営業所廃止により大阪運輸振興株式会社の受け持ちが3営業所となる。
(2014)平成26年
1月○日:大阪運輸振興株式会社の新社名を一般公募。
(2014)平成26年
1月○日:大阪運輸振興株式会社の新社名を一般公募。
3月31日:東成営業所、歌島橋バスターミナル廃止。地下鉄との連絡券、乗継券発行終了。4月以降はレインボーカード等のスルッとKANSAI共通カード、回数カード、ICOCA・PiTaPaなどのICカード類のみとなる。
4月1日:消費税率が5%→8%変更に伴い、料金が大人210円、小児110円に変更。路線整理によって3ケタ番号消滅(臨時運行除く)、系統を掲示する一般路線は全て2ケタ以下の系統番号となった。同日、外郭団体である「大阪運輸振興株式会社」が「大阪シティバス株式会社」へ社名変更。
11月1日:[240]IKEA鶴浜⇔大正Expressバスの運行を開始。車両は東京都交通局から購入した中型ロング車2台(のちに2台増車)
11月1日:[240]IKEA鶴浜⇔大正Expressバスの運行を開始。車両は東京都交通局から購入した中型ロング車2台(のちに2台増車)
9月21日:弁天町バスターミナル廃止。代替として弁天町駅前停留所が1か所新設され、方面関係なくすべての路線がここから発着する。
(2015)平成27年
(2015)平成27年
(2016)平成28年
2月1日:[240]IKEA鶴浜⇔大正Expressバスを大阪駅前まで延伸し、IKEA⇔梅田・大正Expressとして運行開始。
2月1日:[240]IKEA鶴浜⇔大正Expressバスを大阪駅前まで延伸し、IKEA⇔梅田・大正Expressとして運行開始。
民営化へ
(2017)平成29年
7月1日:中津営業所酉島支所を酉島営業所内に開設。港営業所以来17年ぶりの新設営業所となった。
※市営時代の風潮を新社員に受けさせないことを目的に新設された。
※市営時代の風潮を新社員に受けさせないことを目的に新設された。
(2018)平成30年
2月13日:中津営業所酉島支所の廃止。元の中津営業所(〇に中)に統合される。
3月31日:大阪市営バスの歴史に幕を閉じた。
【参考資料・書籍】
ポルト出版バスラマ大阪市営バスの本1997年出版
大阪人 トロリーバス特集
おおさかのあし各種
頒布パンフレット各種

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